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2013年創刊号

坂東三津五郎
文・氷川まりこ/写真・坂口ユタ

 日本舞踊の魅力をひとことで、とか、日本舞踊の愉しみ方のコツは何かと、よく訊かれます。
 これは、非常に難しいことです。なにしろ、日本舞踊とひとくちに言っても地唄の「鉄輪」もあれば、「連獅子」のような作品もあるわけで、実に幅が広く、簡単に説明ができるようなものではないのです。

ちょっと違う角度からのお話になりますが、私自身がはじめて踊りの楽しさを体感したのは、平成9年の『奴道成寺』でした。41歳の時です。
 もちろんそれまでも、ひとつずつの作品と取り組むなかで経験を積み、それなりに充実感もあったのですが、常に「間違っていないだろうか」「ちゃんとできているだろうか」と確認しながら踊っているようなところがありました。料理でいえば、レシピを横目でチェックしながら調理しているようなもの。鍋を火にかけて、10分たったら弱火にして、落し蓋をして、次は塩と胡椒で味付けをして、という感じですね。


協力: 松竹株式会社
撮影: 熊谷 貫

 それが『奴道成寺』では、まな板の上に載っている鯛を前に、さて、こいつをどうさばこうか、というところから始めることができた。レシピに頼らずに目分量で自分の料理ができるようになったのです。
 違うたとえをするなら、ひたすら積み上げて作っていた三角形が、先に四角形を作ってから余分なところを削るという方法もあるんだ、と気づいたわけです。稽古を始めたのが4歳ですから、実に30数年たってようやく、ということになります。


協力: 松竹株式会社
撮影: 熊谷 貫

 踊っている私自身がそうなんですから、1度や2度見て踊りが「わかる」というのは、そもそも無理な話です。数を重ねていくうちに、いろんなものが見えてきて、面白さも深まっていく。踊りの愉しみというのは、そういうものだと思います。

桜が、ただ咲くように

 舞踊に限らず何事においても、現代人はとかく頭で「理解しよう」としがちです。けれど、そもそも舞踊というのは理解をするものではないのです。

 たとえば桜。桜の花は、理解されようと思って咲いていない。ただ、咲いている。その花を見て、きれいと感じる人もいれば、はかないと思う人もいて、妖艶だという人、あるいはそこに恐ろしさを感じる人もいるかもしれない。感じ方は人それぞれです。

 日本舞踊は、そういう桜みたいなものです。私自身、理解してもらおうと思って踊ってはいない。ただ、自分が踊っている時間をいいものにしたいという思いで踊っている。その踊りを見て、「ああ、いいものを見たな」とか「いい時間を味わった」と思っていただきたい。理解するのではなく、感じていただくことが、大事なんです。

 「感じる」という心は、かつて日本人が得意としていましたが、その特性がものすごい勢いで失われつつあるように思います。


第53回日本舞踊協会公演(平成22年2月)
「峠の万歳」

 それに加えて、路地を歩いているとどこかの家から三味線の音が聞こえてくる、なんていうのは、ひと昔前ならどこの町にもある光景でした。日常の中に、当たり前に日本の音とか間といったものがあって、自然に体になじみ、身についていた。ですから私より上の世代の方々には、「三味線の音を聞くと、わくわくしちゃうのよ」なんて、粋な方がけっこういらしたものです。

 とかく日本舞踊は目で見るものと思われがちですが、欠かすことのできない三味線音楽に耳を傾け、舞台の上に生まれる間を肌で感じるものでもあるのです。ですから、これからはもっと、音の楽しさを伝えることを含めた舞台づくりも考えていく必要があるな、と思っています。

変わっていく時代とともに

 日本舞踊を愉しむのに近道はない、といったことを先に申し上げましたが、強いてコツというものをあげるとしたら、お気に入りの踊り手を見つけることです。それも、既に名人とか達人と言われている人よりも、同世代であれば、なおいいでしょう。

 その人を追いかけて、成長していく姿を見続けていくことで、自然といろんなことがわかってきます。観客としての自分もまた成長していくのです。

 どんなにいい踊り手でも、観てくださるお客様の存在がなくては、芸を磨くことはできません。踊るだけが日本舞踊の担い手ではないのです。観ることを通して舞台を育てていただく。その点で、お客様も日本舞踊の大切な担い手なのです。

 ですから私たち踊り手は、自身の芸を磨くとともに魅力的な舞台づくりを心掛けて、いかにお客様の気持ちをとらえられるかをもっと考えていかなくてはなりません。

 個人的には、若い人たちが活躍できる場をいい形でひとつでも多く作っていけたらいいと思っています。そのためには、公演の数や内容を今一度見直して、集客力を高め、お客様が何を求めていらっしゃるのかということを考えなくてはいけないと思います。

 変化していく時代とともに、日本舞踊の世界も、変化を恐れず、勇気をもって未来を見つめていきたいと思っています。

坂東流家元 坂東三津五郎●ばんどう・みつごろう

歌舞伎俳優。日本舞踊坂東流家元。
昭和31年東京生まれ。昭和37年歌舞伎座にて『黎明鞍馬山』の牛若丸、『鳥羽絵』の鼠で五代目坂東八十助として初舞台。平成11年に坂東流家元となる。平成13年歌舞伎座にて『喜撰』の喜撰法師、『寿曽我対面』の曽我五郎などで十代目坂東三津五郎を襲名。歌舞伎、日本舞踊にとどまらず、様々なジャンルの演劇、映画、テレビなどでも幅広く活躍。平成21年紫綬褒章受章、昭和63年芸術選奨文部大臣新人賞、平成16年日本芸術院賞など多数受賞。平成24年度毎日芸術賞受賞

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